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studioCampanella blog

どうも生きづらい貴方と僕と音楽と

2009-08

ぐだぐだ




キモかわいい系でたまらんなぁ、
この手のってもう基本的にチェックしないようにしてるんだけど、
つい見ちゃったらやっぱり良かった。
らせん配列がインターフェース化してるのも、なんつうか、いいセンスしてんなあ。

__________

この手の音って、大概サウンドイメージをある程度持った上で
狙って音を作っていくことで、自分の作品性として組み込みたいわけで、
つまりどういう音が美味しいかっていうサウンドデザインの判断の部分によって
自分の音になっていくんだけど、

最近のこの手のって、そのへんの感覚をプラグイン制作者側が獲得しちゃってるからなぁ。
楽曲として作品にする上で、サウンドデザインとしてはあんまり余地がないというか…
作品のオリジナリティの部分をこいつが担えてしまうんじゃあちょっと?みたいな感じ。
そういう詰まらない気分にもさせられるから、あんまりチェックしないっていう。


作れそうな音なんだったら別にプリセットそのまんまでいいよと思ってるし、
昔からシンセに触発されての音楽性やアーティスト性なんて当然だったわけだから
(マイコーのキメポーズの時の音「フォッ」「パーン」がM1にそのまま入っててよく遊んだなー)
シンセから出る音に導かれることに不快感はないはずなんだけど、

やっぱりこう、発想としては既にあって、手間暇かけてそれが得られて、それが作品性に寄与していたっていう部分だよなぁ、それをそのままシンセ化しちゃう感じが、なんだか楽曲としてのサウンドデザインを行う快楽の領域に踏み込まれる感じで、ちょっと興醒め感はあるような…。


__________

作る音楽のタイプによりけりだけど、個人的には、
精緻な背景としてのサウンドデザインがあって、
その中で主役を張るメロディの意志、っていう部分が結局大事かなぁという気がする。
前者だけならこの通りシンセの力でだいたい簡単に作れちゃう、後者だけでも昔の名曲に照らしては存在意義が薄い。

あとは歌物なら歌詞かな、最近あらためて思ったけど、
いま大概の歌物が曲先で、その方がキャッチーでウケがいいから(売れるから)って話だけど、
そりゃどこかで聴いた感じのメロやアレンジを思い浮かべて作っていくって事なわけで、
それじゃ大体どれも同じ曲に聞こえても仕方ない。飽きられて当然だ。

歌詞先でないにせよ、少なくともストーリーのデザインがまずあっての曲作りでないと、下手すると昔どこかにあった名曲の劣化版にしかならない、名曲からの系譜を汲んだアレンジだとかそのへんはまったく音楽文化だから良いと思うけど、要は精神性がそこにあるかどうかじゃないかなぁ。


その曲に対して仮に、作り手側には大して思い入れがなかったとしても、受け手の都合で思い込みや思い入れは十分に発生するもので、それでその曲が全般に対して良い曲だって話には本来ならない。そんな事実は別にどうでもいいんだけど、じゃぁ「良い曲ですね」と言われたときにどうなのかって話で、「そうでしょう、僕もそう思ってます」と一緒に喜べるようでないと、相手の感性に対して実に失礼だ、「あんな小手先のものがそんなに良かったのか、ありがとう」みたいに内心でも思いたかないわ。そんだったら最大限腐心して苦しんで作ったのに99.9%に理解されないでいるほうがずっと良い。
相手の価値を下げるような行為は、その相手が認める自分の価値をも同時に下げるわけで、そのうち「自分が欲しかったのはこんなものじゃない」ってな事になる。そのためにも自分が常に精一杯でないといけない。


うーんうーんなんか溜まってるようです……久しぶりに書き散らしてしまった…
脳が休眠期に入りたがっている……

耳の感度がビンビンで作業する→疲れて休む→感度が高いので冷蔵庫等の高周波ノイズが眠りを誘う→ずっと鳴ってるから全然起きられねえ

ぁぅぁぅぁ

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