studioCampanella blog

どうも生きづらい貴方と僕と音楽と

2017-10

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ぐだぐだ




キモかわいい系でたまらんなぁ、
この手のってもう基本的にチェックしないようにしてるんだけど、
つい見ちゃったらやっぱり良かった。
らせん配列がインターフェース化してるのも、なんつうか、いいセンスしてんなあ。

__________

この手の音って、大概サウンドイメージをある程度持った上で
狙って音を作っていくことで、自分の作品性として組み込みたいわけで、
つまりどういう音が美味しいかっていうサウンドデザインの判断の部分によって
自分の音になっていくんだけど、

最近のこの手のって、そのへんの感覚をプラグイン制作者側が獲得しちゃってるからなぁ。
楽曲として作品にする上で、サウンドデザインとしてはあんまり余地がないというか…
作品のオリジナリティの部分をこいつが担えてしまうんじゃあちょっと?みたいな感じ。
そういう詰まらない気分にもさせられるから、あんまりチェックしないっていう。


作れそうな音なんだったら別にプリセットそのまんまでいいよと思ってるし、
昔からシンセに触発されての音楽性やアーティスト性なんて当然だったわけだから
(マイコーのキメポーズの時の音「フォッ」「パーン」がM1にそのまま入っててよく遊んだなー)
シンセから出る音に導かれることに不快感はないはずなんだけど、

やっぱりこう、発想としては既にあって、手間暇かけてそれが得られて、それが作品性に寄与していたっていう部分だよなぁ、それをそのままシンセ化しちゃう感じが、なんだか楽曲としてのサウンドデザインを行う快楽の領域に踏み込まれる感じで、ちょっと興醒め感はあるような…。


__________

作る音楽のタイプによりけりだけど、個人的には、
精緻な背景としてのサウンドデザインがあって、
その中で主役を張るメロディの意志、っていう部分が結局大事かなぁという気がする。
前者だけならこの通りシンセの力でだいたい簡単に作れちゃう、後者だけでも昔の名曲に照らしては存在意義が薄い。

あとは歌物なら歌詞かな、最近あらためて思ったけど、
いま大概の歌物が曲先で、その方がキャッチーでウケがいいから(売れるから)って話だけど、
そりゃどこかで聴いた感じのメロやアレンジを思い浮かべて作っていくって事なわけで、
それじゃ大体どれも同じ曲に聞こえても仕方ない。飽きられて当然だ。

歌詞先でないにせよ、少なくともストーリーのデザインがまずあっての曲作りでないと、下手すると昔どこかにあった名曲の劣化版にしかならない、名曲からの系譜を汲んだアレンジだとかそのへんはまったく音楽文化だから良いと思うけど、要は精神性がそこにあるかどうかじゃないかなぁ。


その曲に対して仮に、作り手側には大して思い入れがなかったとしても、受け手の都合で思い込みや思い入れは十分に発生するもので、それでその曲が全般に対して良い曲だって話には本来ならない。そんな事実は別にどうでもいいんだけど、じゃぁ「良い曲ですね」と言われたときにどうなのかって話で、「そうでしょう、僕もそう思ってます」と一緒に喜べるようでないと、相手の感性に対して実に失礼だ、「あんな小手先のものがそんなに良かったのか、ありがとう」みたいに内心でも思いたかないわ。そんだったら最大限腐心して苦しんで作ったのに99.9%に理解されないでいるほうがずっと良い。
相手の価値を下げるような行為は、その相手が認める自分の価値をも同時に下げるわけで、そのうち「自分が欲しかったのはこんなものじゃない」ってな事になる。そのためにも自分が常に精一杯でないといけない。


うーんうーんなんか溜まってるようです……久しぶりに書き散らしてしまった…
脳が休眠期に入りたがっている……

耳の感度がビンビンで作業する→疲れて休む→感度が高いので冷蔵庫等の高周波ノイズが眠りを誘う→ずっと鳴ってるから全然起きられねえ

ぁぅぁぅぁ

コメント

最初、イナザワさんの文章も見ずに適当に動画再生しただけだからなんだこのネタwと思ったら後半でやられた・・・・・悔しいw

あーなるほど、まだシンセも少ししか扱えない初心者ですが、思ってたことをまさにイナザワさんが代弁してくれたってかんじです、お世辞じゃないですよ?

よくテレビ番組で自称音楽プロの人が、この曲とこの曲はミックスできるんだよ!ほら、こんな感じで!って弾いてみせるのとかありますが。よく考えたらコードはおろかメロディ進行もほとんど似てるせいなんですよね、それに出演者がオーバーアクションするのもどうかと。

イナザワさんの曲への思い入れを深く感じました!
ぁぅぁぅぁ

無理せずどんどん鬱憤溜めて下さい

最近の音楽の楽しみ方が変わってきているんでしょうかねえ。そういった風に苦心して練り上げて作るというより、直感的に(まあ悪く言うとさほど変に考えなくていい)作るほうがいいのか、楽なのか、何なんでしょう?そういった商業側のやり方が流れを変えてしまったのか、よく解りませんが(笑)まあそれでも、作る人としては「ツールを選ばない」というのも大事かなあと思ったりしてるんですが、なんとなくこういったものを認められない本音と矛盾していてよく落ち込みます。それでも、音楽の楽しみ方なんて人それぞれですしねえ。でもどこか曲の1つ1つの要素に対しての「コダワリ」が薄れて、楽しんではいるものの、愛が薄れてしまっているような気がしています。大げさですかね(^^;

聞き手と作り手を自分の意識の中で分けなければ、正直なところは「良いと思ってもらえたならそれで良いや。」とは思っているんですが、分けた際に抱く感情としては『その曲に対して仮に~』のところはもうほぼ普段言いたいことが言われてしまったような気がします。『自分が常に精一杯でないと』なんてもう、そのまんま過ぎて吹きました。

随分昔からこのstudioCampanellaには訪れていますが、inazawaさんが仰りたい事は、一人で勝手に、ではありますが納得することが多くて、音楽に対してのコダワリを見せて貰って何かを作る元気を頂いているよう嬉しいです!

>完治さん

やっぱ全自動料理マシンなんかが世の中にあったとして、実際ありがたいかっていうとそうでもなさそうなのと似てますかね(?)。まだコンビニで馴染みの店員さんと笑顔交わしたほうがいいやみたいな。
多分プラグイン作ってる側は楽しいだろうなあと思います、プラグインが音楽作品みたいなもんです。

この曲とこの曲はミックスできるんだよ!つってなんかのラップの曲に別のラップを入れてほしいです。出演者には勢いにまかせてほえーとか感心していただきたいです。そういう白々しい番組なら見たいです。NHK教育みたいな、両手ぶらりノーガードなツッコミ待ちの番組が好きです。


>Mさん

曲作ってゲージ溜めて、ゲージ消費して曲作って、を繰り返してますがライフは減る一方です。
お一人様用の焼き肉屋とかあればいいのに…


>ゆさん

いやーまったくその感じですよね。
かなり昔、Singer Song Writerが「アレンジ機能搭載!誰でもアレンジ出来る!」みたいな触れ込みで出てきたときに、なんだかそれってどこに向かうんだろうと妙な失笑感を覚えたもんですけど、なんというかノウハウやパターンを回路化しちゃって「ほらあなたも出来ますよ」みたいに商品化したものがどんどん増える流れがありますよねぇ。
作る側としては、何が陳腐化していって何が生き残るのか、そこを意識しておかないと早々に自身が陳腐化していくんだろうなっていう。

世の中に「これがおれの曲だ」みたいな押しつけがましい音楽ばかりなのも気が散って疲れるだろうし、「デキるファーストフード店員が俺だ」みたいな作り方もそれはそれで格好いいロマンがあるとは思うんですけど、ただファーストフード的な音楽の領域がこれからどんどん増えて、「これいい!誰の曲?」となった時に「このソフトがほとんど作りました。成分調整は俺ですよ」じゃ、なんだか 「じゃぁそのソフトひとつください」です。新しい世界だなぁ。

昔から見てくださってありがとうございます!
お互いたぶん苦労性的な同類なのですね(/ω\)めげずにやっていきたいですね~。

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