studioCampanella blog

どうも生きづらい貴方と僕と音楽と

2017-10

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

自己嫌悪と自己弁護のフーガ


 
 何かを嫌うっていうのは自己嫌悪から生まれるものだけど、
 同時に、何かを認めるという事の根っこには、自己弁護がある。


 そうでない地点に行きたければ、自己と他人とを完全に無関係であるとして扱う、それだけでいい。けれど人間、実にそれが出来ない。「人と接する事とは、己と接する事だ」というのは、禅問答みたいな話だけど、そういうことなんだなぁ、と実感出来るね。人を好きになるも嫌いになるも、怒るも許すも、全て己を相手としたものだ。

 逆に言うなら、人と接しないことは、己と接しない事なんだろうな。


______________


 例えば、日常で誰かに悪意を向けられたとしても、それが悲しいのは悪意のためではないし、それが腹立たしいのも悪意のためじゃない。悪意を向けるという相手の心理の中にある醜い部分が、己の自己嫌悪に足るもの、つまり自身が経験し理解出来る醜さだからだ。
 だから、相手がそれを自分に突きつけてくることに、悲しみと憤りを覚えることになる。人とのやりとりの中で向けられることのある悪意なんて大体こんなもので、純粋な悪意にぶちあたるケースは日常ではそんなには無い。

 こんなことはちょっと自分の事を考えればすぐ解る。だからこそ、中高生ならいざ知らず、成人であればお互いがこの仕組みをちゃんと解っているようでありたい、と願ってしまう。けれども、なかなか世の中そうでもない。なおも悪意ある発言をする人間、なおも醜い姿勢を取る人間に対しては、自己嫌悪から目を背ける不実な人間であるとしてその不明を糾弾したくなってしまう。

 「自分の醜い心理に、どうして気付かないんだ、あんたは。」


 みんな「わかって」いるはずなのに、その上で互いを尊重して生きているはずなのに、それが出来るだけ多くの人が優しくあるためのバランスなのに、

 そんな自分の思いを裏切られた、と。相手を勝手に非難したくなる。



 この糾弾だって結局、自己嫌悪が呼び起こすものだ。
 若干違うのは、自己嫌悪と反省の果てに人間が得ることが出来る「間」を理解しろ! という、一定基準の相互理解を理想に掲げた、線引きがあるということ。そのラインを俺はとっくに理解したのに、お前は未だに理解しないのか、そういった、相手の不明に対する勝手な落胆と憤りが、糾弾という行為となって表れる。
 この線引き、ラインっていうのはつまり、それぞれが考える社会的常識であったり、そこから乖離していても皆が目指していると思いたい理想であったり、するね。


 普段から自己嫌悪なぞするのは、思春期で終わり。自己嫌悪なぞしなくなって随分久しい事に気付く。けれど、それでも他人を責める時にはこれが土台になっているのだから、己の醜悪さはこういったカタチで延々と引きずられていくのだなぁ。業は深いよ。一旦起きたことは、ずっと、ずっと自分に影響を与え続ける。怖いことだ。


______________


 悪意だろうと不明だろうと、それを迎える糾弾だろうと、立派に我が儘な行為であることに違いは無い。だからといって、自己嫌悪から逃れるために「認める」という行為を意識的に選択するのだとしたら、今度はまたそこに、自己弁護という、まあ自己嫌悪と大体同等に醜いものがある事も解る。

 自分もそうだったからな、仕方ない、という自己弁護。
 過去の自分を言い訳する材料として、何かを認める。
 自分は頑張っている、出来るやつだ、その自分が認めるんだから、あれは素晴らしい。
 あれは立派だ、それを解る自分も結構価値がある。

 「認める」というのは、決して鷹揚ということではないね。だからそこに、優しさや善があると勘違いしてはいけない。してないなら良いけど、してると相当醜いよ。
 多くを否定せず、多くを認める、もしそこに嘘が全く無いのなら、それは素敵な境地だとは思うけど、少しでも嘘があるのならば、それはおかしい。そんな誠実でない自分が、一体何を認めるというのか。途端に全てが嘘になって、ほら、もう破綻が始まっている。人間、何十年も経たないと、好々爺には成れないんだ。若い内に嘘で自分を固めちゃうと、小さい偽物の何かが出来るだけだ。それは、いやだ。




 さあ、どうしよう。


 自己嫌悪と自己弁護が要求してくることは、ただひたすら、人には優しく、しかし優先して自分に正直でなければならない、ということだと思う。自分に嘘をついてはいけない。
 何故なら後悔は自己嫌悪を要求してくるし、それ以上に嘘は自己弁護を要求してくる。なんのことはない、自分に誠実であれ、ということなんだと思う。多少の嘘はね、そりゃつくけど。自分に嘘ついてなきゃ、他人に嘘はついてもいいよ。多分、自分も含めて誰も痛い目に遭わない嘘だから。自分に嘘ついてる事に気付かないのが、一番悪い。


______________



 これ、うっかりすると忘れちゃうんだ。ものおぼえわるいから。

 定期的に思い出すたびに、ああ、最近随分外れて醜くなったものだ、なんて危機感と反省を抱くハメになる。日常は、何かを思うたびに何かの誘惑に負けて、醜い事をする。
 何歳頃になったら、本当に身についているんだろうか。


 好々爺になりたい。
 これ、たぶん最終目標なんだよなぁ。





______________

しまった。さすがにこんな事長々と書いたら、自己嫌悪でいっぱいになってしまった。
ちょっと後悔。


 | ホーム | 

FC2Ad

プロフィール

inazawa

Author:inazawa
E-mail : こちらへどうぞ(返信遅いです)
Web : www.studio-campanella.com

最近の記事

最近のコメント

リンク

月別アーカイブ

カテゴリー

検索フォーム

thanks Wikipedia

Wikipedia Affiliate Button

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。